東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11682号 判決 1988年4月28日
原告
鈴木康彦
ほか一名
被告
橋野善穂
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一(当事者の求める裁判)
一 原告ら
1 被告は原告ら各自に対し、一六九六万二〇〇〇円及び内金一五四六万二〇〇〇円に対する昭和五九年八月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
主文一、二項同旨
第二(当事者の主張)
一(請求の原因)
1(本件事故)
被告は、昭和五九年八月五日午後三時五五分ころ普通乗用車(マツダ・コスモ練馬五九―せ八一五五、以下「被告車」という。)を運転して国道二五四号線(川越街道)を池袋方面から成増方面に進行して東京都板橋区上板橋二丁目一二番一号先交差点(以下「本件交差点」という。)を右折する際、成増方面から池袋方面に向い直進してきた亡鈴木武信(以下「武信」という。)所有運転の自動二輪車(以下「武信車」という。)の左側に自車の右前部を衝突させ、武信車を右前方にはね飛ばし、道路左端の信号柱に激突させ、その結果武信は頭部に重傷を負い同日午後六時五〇分都立豊島病院において死亡するに至つた。
2(被告の責任)
(一)(1) 本件交差点及びその付近の状況は、別紙「現場見取図」(以下「本件見取図」という。)記載のとおりであり、本件交差点は、車道幅員約一六・五メートルの川越街道(国道二五四号線)と、池袋方面から成増方面に向い左手(氷川台方面)の幅員約五・六メートルの道路及び右手の車道幅員約六・五メートルの道路とが交差しているところで、信号機が設置されており、川越街道上池袋方面から成増方面に向う道路上の信号機(以下「信号機P」という。)は、青信号が表示されず、赤信号で青の矢印の直進の表示から黄信号に変り、黄信号が約四秒点燈後、赤信号で青の矢印の左折が表示され、他方これと反対方向の同道路上の信号機(以下「信号機Q」という。)は、青信号が消滅して黄信号が約四秒点燈後赤信号に変るが、同方向の歩行者用の信号機(以下「信号機R」という。)は、青信号の点滅が約六秒継続してから赤信号に変るが、この赤信号の二秒後に前記車道上の信号機P及びQの各信号が黄信号になる。即ち信号機Rの青信号が点滅を開始してから一二秒後に信号機Pが青の矢印で右折可の表示をする。
(2) 本件事故現場の川越街道上池袋方面から成増方面に向う道路の車両の停止線は横断歩道の手前にあり、成増方面から池袋方面に向う道路の車両の停止線は、横断歩道の直前に二輪車の停止線があり、その後方に四輪車のそれがある。
(二)(1) 被告は、右折を開始する際、二台のバイクが右停止線上に停車しているのを確認の上右折進行したところ、停車中の右バイクの間から武信車が猛スピードで交差点内に進入して来たと主張するが、右の如き停止線の状況からして、武信車が停車していたであろう四輪車の間を抜けて猛スピードで本件交差点内に進入することは不可能に近いこと、
(2) 本件事故当時、氷川台方面から本件交差点に至る道路上において、信号待ちで停車していた訴外浅野清吉は、信号機Rが青の点滅から赤に変つたので、そのうち、自車の進行方向の信号が青になると思い待つていた時ドーンと大きな音を聞いたとしていることに照らすと、
(3) 本件事故は被告が信号機Pが右折可の青矢印を表示する前に右折を開始したいわゆる見込発進をしたことによつて生じたものというべきである。
(三) 原告は、右折を開始し、本件見取図<3>の位置において、成増方面から池袋方面に向つてかなりの高速度で進行している武信車を<ア>の地点に認めたのであるから、急ブレーキをかけて自車と武信車との衝突を回避すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを尽くすことなく、そのまま進行したため、被告車を武信車に衝突させるに至つたものである。
(四) 以上のように、本件事故は被告の信号遵守義務違反又は安全運転義務違反によつて生じたものであるから、被告は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条により本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。
3(損害)
(一) 逸失利益 三四五二万四〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)
武信は死亡時満二六歳で昭和五一年三月高等学校を卒業しているので、昭和六〇年度賃金センサス男子労働者新高卒年齢別賃金額を適用し、生活費五〇パーセント控除のうえ新ホフマン系数により計算すると、同人の逸失利益は次のとおりである。
210,900円(月額)×12カ月+612,100円(賞与)=3,142,900(年収)
3,142,900円×1/2×21,970=34,524,756円
(二) 慰藉料 一五〇〇万円
(三) 車両損害 四〇万円
ヤマハ58年型自動二輪車全損
(四) 葬儀費 一〇〇万円(原告ら二分の一ずつ負担)
(五) 相続
原告らは、武信の両親として、同人の被告に対する右(一)乃至(三)の損害合計金四九九二万四〇〇〇円の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続した。
(六) 自動車損害賠償責任保険金の支払いによる充当
原告らは昭和五九年九月一日訴外日本火災海上保険株式会社に対し被告車に付保されていた自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)について被害者請求をなし、同年一一月一四日同社から保険金二〇〇〇万円を受領し、これを二分の一ずつ前記損害の一部に充当した。
(七) 弁護士費用
被告は、本件事故について無過失を主張し、本件損害についても賠償する意思がないところから、原告らは、やむなく本訴の提起・追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、着手金及び報酬として各自一五〇万円ずつの支払いを約した。
4 よつて、原告らは各自被告に対し、一六九六万二〇〇〇円及び内金一五四六万二〇〇〇円に対する本件事故の日である昭和五九年八月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二(答弁)
1 請求原因1の事実のうち、原告ら主張の日時、場所において被告が被告車を運転していたこと、武信が原告ら主張の日時に死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同2の事実のうち、(一)(1)、(2)の事実、(二)(2)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、原告ら各自が自賠責保険から一〇〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。
三(抗弁)
被告は、本件事故の直前被告車を運転し川越街道を池袋方面から成増方面に向つて本件交差点に差しかかり、本件交差点を右折するため右折専用車線(中央線より車線)で信号待ちのため停車し、対面信号機Pに右折可の矢印が表示されたので、時速五ないし一〇キロメートル程度の速度で右折を開始したが、右折を開始する際反対車線の車の動向を見たところ、川越方向から池袋方向に向つて停止線上で二台のバイクが赤信号によつて停車しているのを確認した。被告は、被告車を本件交差点の中央付近まで右折進行させたところ、突然本件交差点の反対車線の停車中のバイクの間から制限速度である毎時五〇キロメートルをはるかに超える速度で信号機の表示を無視し赤信号で本件交差点内に進入して来た武信車を発見し本件交差点の中央部分で急停車をしたが、武信車は停車した被告車の前部フロントバンパーの右角に軽く自車の右ステツプを接触し、転倒もせずそのまま突走つて信号機Qの支柱に激突したものである。
右の事故状況からすると、本件事故は武信の信号無視、速度違反の一方的過失によつて発生したもので、被告には過失はない。そして、被告車には本件事故と因果関係のある構造及び機能上の欠陥はないから、自賠法三条但書により、被告は本件事故について損害を賠償すべき責任はない。
四(抗弁に対する認否)
被告が、本件事故の直前被告車を運転し、川越街道を池袋方面から成増方面に向つて本件交差点に差しかかり、本件交差点を右折するため右折専用車線で信号待ちのため、停車したことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三(証拠)
証拠関係は、本件記録の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する
理由
一 請求原因1の事実のうち、被告が昭和五九年八月五日午後三時五五分ころ被告車を運転して国道二五四号線(川越街道)池袋方面から成増方面に進行して本件交差点に至つたこと、武信が同日午後六時五〇分都立豊島病院において死亡したことは、当事者間に争いがなく、いずれも真正に成立したことについて争いのない乙第一ないし第六号証及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件交差点において、これを右折中の被告車の左前部と成増方面から池袋方面に直進して本件交差点に進入した武信車の右前部とが接触し、そのため武信車は、同車の進行方向左にそれて進行し、信号機Qの柱に激突し、武信は頭部に重傷を負い死亡するに至つたとの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
二 そこで、本件事故の発生について被告に過失がある旨の原告らの主張及び被告の免責の抗弁について判断することとする。
1 請求原因2(一)(1)、(2)の事実、同(二)(2)の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、また、被告が、被告車を運転し、川越街道を池袋方面から成増方面に向つて本件交差点に差しかかり、これを右折するため右折専用車線で信号待ちのため停車したことも当事者間に争いがなく、前掲乙第一号証によると、川越街道の本件交差点付近における制限速度は毎時五〇キロメートルと指定されていることを認めることができる。
2(一) 右争いのない事実、前掲乙第一ないし第三号証、鑑定人林洋の鑑定の結果及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件見取図<1>の位置において前示のように信号待ちのために停車し、信号機Pが直進赤を表示すると同時に右折可の青矢印を表示するに至つたので被告車を発進させ、約一二・六メートル進んだ<2>の位置において対向車線に二台のオートバイが横断歩道の手前の一時停止線の手前の位置で停止したのを確認したうえ、毎時約一〇キロメートル以下の速度で、右折を開始し、<2>の地点から約九・五メートル進み本件交差点の対向車線上である<3>の位置に至つた際に前示の制限速度をはるかに超える速度で、成増方面から本件交差点に進入してくる武信車を右停止中のオートバイの後方の位置に発見したが、そのまま約二メートル進行し、衝突の危険を感じて急制動の措置をとつたが間に合わず、<3>の地点から約二・三メートルの<4>の位置において被告車の左前部と武信車とが接触するに至つたとの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) ところで、自動車の運転者は、自らは交通法規を遵守し、他車が交通法規に違反している場合であつても、自車と他車とが衝突するに至ることを予見しえたにとどまらず、衝突を回避するための措置を採ることが可能であるときには、この回避措置を採つて事故の発生を未然に防止すべき注意義務のあることはいうまでもないところ、前記(一)に認定の事実関係のもとにおいては、被告は、本件見取図<3>の位置において、そのまま被告車を進行させるときには武信車と衝突するという事態の生ずることを予見しえたものというべきであり、また、直ちに被告車につき急制動の措置を採つたとすれば、被告車と武信車との接触、ひいては武信車が信号機Qの柱と衝突するという事態の発生を回避しえたことが明らかであるというべきであるから、被告には本件事故の発生について過失があるものというべきである。したがつて、被告の自賠法三条但書に基づく主張は、理由がない。
三 そこで、原告らの損害につき判断する。
1 逸失利益
武信が高等学校を卒業し、死亡当時満二六歳であつたことは、被告の争わないところである。賃金センサス昭和五九年男子労働者新高卒年齢別賃金額年収三〇九万〇四〇〇円を基礎とし、六七歳まで稼働可能として、生活費五〇パーセントを控除し、ライプニツツ方式により四一年間の中間利息を控除して武信の逸失利益の現価を計算すると、二六七二万三一五二円となる。
2 武信の死亡による慰藉料は、年齢、前示の本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情に鑑みると、一五〇〇万円をもつて相当と認める。
3 前掲乙第五、六号証によると、本件事故により武信車が全損となつたことを認めることができるが、本件事故当時における武信車の価格を認定するに足りる証拠はない。
4 原告らが武信の父母であり、同人の死亡によりその権利義務を二分の一の割合で相続したことは、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。また、弁論の全趣旨によれば、原告ら各自が、武信の葬儀のため少くとも五〇万円ずつの支出をしたことを認めることができる。
5 以上認定したところによると、本件事故に基づく原告ら各自の損害は、二一三六万一五七六円である。
四 前記二2(一)の事実及び前掲乙第三号証によると、武信は、対面信号が既に赤を表示しているにも拘らず、本件交差点に進入したものであるうえ、その速度は制限速度毎時五〇キロメートルをはるかに超える速度であつたことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、本件事故は武信の過失に基因するところが大であつたものというべきであり、前示の被告の過失と比較すると、武信の過失割合は六割を下らないものというべきである。そうすると、原告ら各自が被告に対し賠償を求めうる損害額は、八五四万四六三〇円というべきである。
五 原告ら各自が本件事故につき自賠責保険から一〇〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
原告らが右支払を受けたことによつて、原告らの被告らに対する損害賠償請求権は全部消滅したことが明らかである。
六 以上のとおり、原告らの本訴請求は理由がないから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田保幸)
別紙 現場見取図
<省略>